医療における利益相反とバイオエシックス
〜医療被害の防止・救済を中心に
■日時: 2006年2月25日(土)午後2時〜
■場所: 早稲田大学研究開発センター(120号館内・1号館-301号室)
http://www.waseda.jp/jp/campus/nishiwaseda.html
■参加費:500円
■講師: 鈴木 利廣 先生 (弁護士、すずかけ法律事務所)
■演題: 「医療における利益相反とバイオエシックス
〜医療被害の防止・救済を中心に」
■講演要旨
* バイオエシックスの歴史の一面は、温情的父権主義に対する患者の自律権の斗いでした。この2つの価値はいずれも、患者にとって第三者の医療者が、「患者の最善とは何か?」を思考する価値の対立にすぎなかったのかも知れません。バイオエシックス4原則のうちの公正の原則を除いた3原則(自律、恩恵、無危害)もこの患者の最善の利益をめぐる価値の対立といってもいいでしょう。
しかし、バイオエシックスは、患者・家族と医療者の利益対立問題の解決にどのように機能し得たのでしょうか?(バイオエシックスの他面の歴史は医療における人権侵害との斗いであったハズです。)
* 例えば、次のような事案への対応です。
1)製薬企業から資金提供をうけて研究活動を行っている医師が、当該企業から臨床試験の委託をうけた場合に、その臨床試験の結果に対して、しばしば Publication Bias(出版上の偏り。有利なことは公表するが、不利なことは公表しないこと)が指摘されています。
臨床試験についての著名なヘルシンキ宣言(1964年)第13項、第22項は、経済的関係について研究者に倫理委員会に対する報告義務を課していますが、日本ではあまり実効的ではないようです。
自らの利益(企業との経済的関係)と患者の利益(臨床試験における有効性、有用性の確認)が衝突する場面で、バイオエシックスはどのように機能してきたのでしょうか?
2)医療事故が起きた場合、その原因が徹底して究明され、法的責任の有無にかかわらず、一方で被害をうけた患者・家族に正直な情報提供・説明責任が尽くされるべきであり、他方で再発防止策に反映されるべきといえます。
正直な対応は、患者・家族の利益に資することになりますが、直ちに医療者の利益を害するおそれもあります。
そこで、医療事故に関与した医療者のみならず施設管理者、時には事故調査委員会までもが、医療者や病院の利益に反する患者・家族への情報提供・説明責任をあいまいにしているのがこの国の現状です。
このような問題にバイオエシックスはどのように対応してきたのでしょうか?
* 公正は個人の利害を超えた社会的価値ですが、この国では誰もが疑いを差し挟もうとしない「タテマエ」としては存在しますが、1つ1つの出来事で「公正」とは何かを考える傾向は、極めて乏しいと言わざるを得ないと思います。
バイオエシックスは、先端医療における個々人の利害衝突(例えば、臓器移植のドナーとレシピエント、生殖補助医療における遺伝上の父母・養親・代理母の関係など)や前述の患者の最善の利益論には解決の糸口を与えてきたかも知れませんが、少なくもこの国では現実の社会や未来社会における公正・正義については、充分な示唆を与えられない状況が続いているのではないでしょうか?
* この問題には、民主主義に対する考え方や成熟度が深く関与しているのかも知れません。英国の市民運動家である Charles Medawar氏は、次のように述べています。
「2000年も昔、医学と民主主義とが共に古代ギリシャ及びその周辺を発祥の地として生まれたことはけっして偶然の結果ではなかった。医学と民主主義は、どちらも人類の発展とその基本的要求に深くかかわっており、いずれも自己決定権、個人と社会のあり方などに密接に関係する事柄だったからである。医学と民主主義はその精神において、互いにわかちがたく絡み合っており、その両者を基本的な意味で脅かすものが秘密主義である」
【講師略歴】
1947年東京生まれ。中央大学法学部卒業。1976年弁護士登録。専門は、医療事故、人権論、患者の権利、医事法。明治大学法科大学院教授。
東京HIV訴訟原告弁護団事務局長、患者の権利法をつくる会常任世話人、医療問題弁護団代表、薬害肝炎全国弁護団代表、患者の権利オンブズマン全国委員会共同代表などを務める。